2004年 3月3日


状態、状況

実家にいる。
頚髄損傷。両肩をすくめる事ができる。右肩を可動域は狭いものの回す事ができる。右肘を曲げる事ができるが、延ばす事はできない。右手首を返す事ができる。痙性は日に日に強くなる。腹筋と背筋が痛い。
膀胱瘻を付けている。
夜寝る時以外電動車椅子に乗っている。褥瘡対策の為、1日に何回か徐圧してもらう。1日3食、食事の装具を付けてもらい自分で食べる。トラックボールを使いパソコンを使う。装具を使い字を書く。装具を使い携帯電話を使う。
毎日、朝起きてからPT、昼にはスタンダップチェアーで約30分立ち、を約1時間やる。3日に1度排便。毎週月曜日と金曜日、特殊浴槽で入浴する為にハーモニー桃の郷に行く。毎週水曜日、リハビリの為に県リハに行く。毎週水曜日、で入浴。3週間に1度、膀胱瘻の交換に篠ノ井病院に行く。1ヵ月に最低1回は長野市街にお出かけする。1ヵ月に1度、整形外科の診察を受けに県リハに行く。1ヵ月に1度、東京に治療を受けに行く。1ヵ月に1度、サンアップルのプールに行く。3ヵ月に1度、脳外科の診察に篠ノ井病院に行く。

新しい事     今回が最後の事





重要な事

ポインタを上に乗せると画像が変わります
( 代替テキストが出ないと分からないかもしれません)
通常の状態 肩をすくめてみる
右腕を上げてみる
右手首を上げたり下げたり
右腕を前に出したり後ろに下げたり 前から
右腕を前に出したり後ろに下げたり 横から

右腕は回せるものの可動域がやたら狭く、肩の高さまでしか上がりません



今までは、「頚髄損傷ってのはこーゆーモノなんだなー、

腕を肩の高さまで上げる筋肉と、
そこから先を上げる筋肉は、

同じように見えて実は違うんだ」と、勝手に思い込んでました。





ある日、「いや、もしかして同じかもしれない」と思い、県リハの整形外科の診察の時に先生に聞いてみると、「右手の可動域が狭いのは柔軟性がないことと、筋力不足のせい」との事。





この日から毎日の筋トレ↓が始まります。




筋力トレーニング方法

  • 腕を可動域一杯の所でゆっくりと回す

  • 可動域一杯の所でしばらくそのままにしておいてから、一瞬「クッ」とその先にもっていって後はゆっくりと下げる


ただ、筋トレと言っても狭い可動域↑の中で手をグルグル回しているだけなので筋トレには見えません



ちなみに横隔膜の筋トレ方法→こちら

と、PTの先生が教えてくれた訓練プログラム→こちら






3月5日 筋トレが必要だと知った2日後、桃の郷に障害者に運動の仕方を教えてくれる人が来ました。

必要なモノが必要な時に向こうからやってきた感じです。


筋トレは、1回5分を朝昼晩の3回やるだけで十分、という情報を手に入れました。






3月12日 桃の郷で、この前メールを送った長野市長と話し合おうという会で

発表者に選ばれた事を知らされました。


日時は3月25日、発表者は9人。「発表者に選ばれればいいな」と思いメールを送りましたが、いざ選ばれるとなんだか緊張します。






3月21日 そういえばチタンを入れた手術の後を自分で見た事がない事に気付き、デジカメで撮って見て見ます。

す、すげー・・・・・


パカッ って開いた所を想像すると気持ち悪いです。
手術の傷跡 by2004/3/21











その他の出来事

3月9日 長野市街へ繰り出しチョナン・カン主演の「ホテル・ビーナス」を見に行きます。


俺に付いてくれたガイドヘルパーの人はヘルパーの仕事以外に、グループホームじょんのび≠烽竄チているとの事で、グループホームの話を聞いてみるとかなり大変そうでした。

どうやらグループホームとは人間的に良い人しか出来なさそうな仕事です。






3月13日 医者の卵の友達と深夜まで飲みます。

さすが医者の卵、話してるととても勉強になります。友達も「宗ちゃんと話してると勉強になる」と言ってくれました。やさしい良い医者になってくれる事を祈ります。





3月20日 5年日記を書いていたらボールベンのインクが無くなりました。
インクが無くなるまでボールベンを使ったのは生まれて初めてです。









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