2004年 3月25日


状態、状況

実家にいる。
頚髄損傷。両肩をすくめる事ができる。右肩を可動域は狭いものの回す事ができる。右肘を曲げる事ができるが、延ばす事はできない。右手首を返す事ができる。痙性は日に日に強くなる。腹筋と背筋が痛い。
膀胱瘻を付けている。
夜寝る時以外電動車椅子に乗っている。褥瘡対策の為、1日に何回か徐圧してもらう。1日3食、食事の装具を付けてもらい自分で食べる。筋トレをする。手をテープで縛りパソコンを使う。装具を使い字を書く。装具を使い携帯電話を使う。
毎日、朝起きてからPT、昼にはスタンダップチェアーで約30分立ち、を約1時間やる。3日に1度排便。毎週月曜日と金曜日、特殊浴槽で入浴する為にハーモニー桃の郷に行く。毎週水曜日、リハビリの為に県リハに行く。毎週水曜日、で入浴。3週間に1度、膀胱瘻の交換に篠ノ井病院に行く。1ヵ月に最低1回は長野市街にお出かけする。1ヵ月に1度、整形外科の診察を受けに県リハに行く。1ヵ月に1度、東京に治療を受けに行く。1ヵ月に1度、サンアップルのプールに行く。3ヵ月に1度、脳外科の診察に篠ノ井病院に行く。

新しい事     今回が最後の事





重要な事

長野市長と話し合おうという会に
発表者として出席します。



場所は北長野にあるノルテながの


桃の郷サンアップルのプールに行った後、桃の郷の人たちと昼飯を食べてから会場に行くと、
もうリハーサルが終わった後だったらしくぶっつけ本番でした。




リハーサル無しのぶっつけ本番だったものの言いたい事(川中島駅の事、車椅子の駐車スペースの事、教育の事)はちゃんと言えました。


なぜなら、ただ1月30日に送ったメールを前で読んだだけだからです。



身体障害者・知的障害者・精神障害者 全部ひっくるめた障害者の集まりでした。



話し合ったという感じはしませんでした。




話し合ったという感じがしなかった理由と思われる事

  • 席の並びが、発表者と長野市長が前に出てるので、長野市長の後ろから話しかけているようだった事
  • 話し合いの形式が、先に発表者が全員発表して会の最後に長野市長がまとめて回答する形式だった事



その中でうれしかったのが聞いてた人の反応でした。



休憩時間に入った時、「教育について発表してくれてうれしかった」という人や「発表の内容を新聞に掲載してもいいですか?」や「またこーゆー機会があれば、また発表したいですか?」と聞いてくる新聞記者さんがいました。


発表した事に対してリアクションがあるのはうれしい事です。




会の代表の人が会の最後に長野市長に対して「また来てください」と言うと、長野市長は「忙しいから・・・」みたいな事を言って、もう来たくないようでした


これからの高齢化社会で「街をやさしい街にする」という事はとても重要な事なのに・・・・・



しかし今日は木曜日。障害者の声を市長だけでなく、一般の人たちにも聞いてもらう為に休日にやるべきなんじゃないかな と思いました。





3月26日の信濃毎日新聞の記事
長野で市長に夢語るフォーラム 障害者「生の声」で訴え
3月26日 長野市長と話し合おうという会の記事が信濃毎日新聞に掲載されました。

俺の発表した意見も掲載されたし(川中島駅のバリアフリーについて以外)、名前も載りました。


写真は、、、右肘が写りました・・・・・






3月27日 今度は長野市民新聞に長野市長と話し合おうという会の記事が掲載されました。
市民新聞でも、俺の発表した意見も掲載されたし(車椅子の駐車スペースについて以外)、名前も載りました。


やはり写真には載りませんでした。
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3月27日の長野市民新聞の記事





3月30日 長野市長と話し合おうという会で発表した「川中島駅のバリアフリーについて」に対して、市民新聞の記者の人が実家に取材にきました



聞く所によると、「川中島駅は階段しか無いし、階段の勾配もキツいので使いにくい」という声があったのは知っていたものの誰の声かは分からなかったそうで、そこで3月27日の市民新聞の取材をした記者の人に「川中島駅のバリアフリーについて発表した人がいた」と聞いて、俺にたどりついたワケです。




いくらJRにメールをおくっても「これこれこーゆーワケで御希望にそえません。御理解ください」というメールが返ってくるだけという事や、使えなくて不便で困っている親戚のおばさんの事を教えました。


しかし、川中島駅の事を様々な所で言って初めて反応したのが市民新聞ってのも皮肉なものです。






4月1日 中、今まで動かなかった所が動きました



耳です。耳が動くようになったのです。

耳、事故前は動かなかったのに、、、まぁ 何でも動かないより動いた方がいいのかな・・・・・






4月7日 県リハの診察に行きました。その時舌咽頭呼吸法の話になり、その時横隔膜の筋トレ方法を教えてもらいます。今日から筋トレに横隔膜の筋トレが加わります


横隔膜の筋トレ方法

軟口蓋(のどちんこのまわり)を使わずに吸い込んだ空気を肺の中にためておく



その後、肺活量を調べました。


普通の24歳成人男性は4500ml.俺は1200ml.
そして俺が舌咽頭呼吸法(GPB呼吸法)を使うと2500ml.という結果になりました。

(もちろん事故後)より増えたけどまだまだです。






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4月8日の市民新聞の1面
4月8日 市民新聞の1面に「川中島駅のバリアフリーについて」の声を取り上げてくれた記事が掲載されました。


記事は「お年寄りら切実な声」となっているので、つまり俺はなワケですが、そーゆー声を取り上げてくれる事自体がうれしい事です。

今回は名前が載りました。






4月27日 スタンダップチェアーで立っている時に舌咽頭呼吸法をする事を思いつき、やってみます。

どうやら、立っていると横隔膜が重力で下がっている状態らしく、そこからさらに横隔膜を下げなければ呼吸できないので、立っている時が一番横隔膜の筋トレをしやすい事に気付きます。


これからスタンダップチェアーで立っている時は横隔膜の筋トレをする事になります。






5月26日 県リハOTの先生に「右手首の外側が出っ張ってるのは何ですか?」と聞くと、それは形状突起との事。名前を聞いたらなんだか安心しました。


舌咽頭呼吸法についても話します。「頚損の人は肋間筋が麻痺してるからとても良い」と言っていましたが、指導はしていないと思われます。











その他の出来事

3月25日 長野市長と話し合おうという会に行く日は、たまたま桃の郷サンアップルのプールに行く日でした。

プールに入った時、俺を介助してくれたのは車椅子ダンスの先生でした。
先生の話によると、電動車椅子でも車椅子ダンスが出来るとの事。


経験の為、いずれ1回は体験してみたいと思いました。






3月29日 桃の郷で仲が良かった身体障害者の人が桃の郷に来るのをやめてしまいました。
桃の郷をやめて、働き始めるそうです。

3月末には別れがあるもの、4月に良い出会いがあればいいな。






4月6日 今月はイノセンスを見に行きました。とーーっても哲学的なアニメでした。





4月9日 桃の郷でお花見に行きます。
お花見はお酒無しだと、、、





4月11日 友達とお花見に行きます。やっぱお花見は酒がないとね。





4月15日 メッシュを入れます。これからはメッシュを育てる事にします。





4月21日 腹筋と背筋が痛いのはやはり筋肉痛のせいだと聞きます。しかし、痛いのは腹筋と背筋ではく、横隔膜らしいです。

横隔膜の筋肉痛?

なるほど、そーゆー事だったのか→






5月12日 メッシュを青くします。しかし、青が強く入りすぎて黒く見えます。
せっかくのメッシュ・・・・・・なんか損した感じです。





5月17日 県リハに診察に行った時、時間があったので体重を計ってもらいます。

今回は48s

会う人会う人に「太ったね」と言われますが、より3s太っただけでした。






5月20日 今月はホーンテッドマンション見に行きました。その時、2年以上ぶりにゲームセンターに行きました。そして俺が唯一出来ると思われるUFOキャッチャーをやってみます。


俺がUFOキャッチャーをやるには、肘を使うしかありません。で、首が回らないので
真横を向いてのUFOキャッチャー・・・


取れるワケね〜よ・・・・・



でも、いつか取ってやる。






5月26日 コエンザイムQ10を飲み始めたので朝飯がプロテインから米に変わります。

久しぶりに食べる朝飯は格別においしかったです。


プロテインは飲み続けると脂肪肝になったり血中コレステロールが高くなったりするそうです。

また、県リハにいた頃から腸の蠕動運動を良くする為に食べていた味無しあんこも卒業です。






5月30日 リズミック(血圧を調節する薬)を飲むのをやめてみます。
このまま飲まずに調子が良ければ、薬がまたひとつ減ります

どんな薬でも副作用はあるものなので良いことです。





中のイメージの仕方を天気によって変える事にします。


晴の日は太陽のエネルギーを借りて神経を伸展させるイメージ。

雨の日は雨粒の力を借りて悪いモノを流しだすイメージ。









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