2002年 8月8日


状態、状況

広尾病院ポストICUにいる。
頚髄損傷。両肩ともすくめる事ができる。右肩を可動域はかなり狭いものの回す事ができる。右肘を曲げる事ができるが、延ばす事ができないので使い物にならない。右手首を少しだけ返す事ができる。人工呼吸器を付けている為声が出ないが、口パクや50音表を使って意思の疎通は出来る。1日3食、全介助で食べさせてもらう。複視起立性低血圧の為、ベットを上げるのにとても時間がかかる。唾を飲み込む事が出来ないので、ティシューで取ってもらう。
気管切開した喉の所から人工呼吸器を付け、おむつを当て、尿道から導尿、その他諸々色んな管が付いている。褥瘡対策の為、1日何回も体位交換をする。2・3日に1度看護師さんに体を拭いてもらう。たまにドライシャンプーで頭を洗ってもらう。痰を自分で出す力がないので、機械で吸引してもらう。人工呼吸器のランプの付き方に一喜一憂する。
面会時間は11:00〜20:00。
は毎日来てくれる。友達も沢山来てくれる。が、よくマッサージをしてくれる。呼吸の練習もする。

新しい事     今回が最後の事





重要な事

東京広尾病院から長野の厚生連 篠ノ井病院に転院します。



ただ、人工呼吸器色んな管が付いてるのでそう簡単にはいきません。

救急車を使いたいところですが、
困った事に救急車は県をまたいで使う事が出来ません




さよなら広尾病院
救急搬送の車に乗り込む
って事で民間の救急搬送サービスを利用させてもらう事になります。



この救急搬送の車は看護師が1人同行して、道が混んでいたりすると赤色灯を点灯させて通りぬける事も出来る便利な車です。






厚生連 篠ノ井病院に着くと人工呼吸器を付けている上、ナースコールも押せないという事でHCU(準ICU)に入院する事になります。




この病棟には常に看護師がいるので鈴を鳴らしたり舌打ちをする事で看護師を呼ぶ事になります。
鈴を持つ事はできないので手に縛り付けてもらいます



他に、面会は 7:30〜8:00・12:30〜13:00・17:30〜18:00 の3回で、食事が 7時・12時・18時 になります。


が朝以外、食事に合わせて来てくれ(12:30〜14:30 17:30〜20:00)、食事の介助、歯みがき、顔を洗う、などしてくれます。

やる事が他の人より多いので時間がかかるのは了承してもらいます。




本来HCU身内だけしか面会出来ない所ですが、友達に命を救われた事を看護師長さんに話して友達も面会出来るようにしてもらいます。


ただ、環境の変化にはストレスが付き物。しばらくの間イライラは仕方がありません。






長野県身体障害者リハビリテーションセンターに行くには人工呼吸器が取れないと受け入れてもらえません。

厚生連 篠ノ井病院での当面の目標は人工呼吸器の離脱になります。





徐々に人工呼吸器の設定を下げていき、人工呼吸器に頼らず自分で呼吸をしなければいけないような設定に変わっていきます。

自分で呼吸をしてないと「ピーピー」やかましいです。





人工呼吸器の「補助回数」「補助圧力」が8月11日は8回・8月12日は5回と日に日に減っていき、8月14日には補助回数が0になります。





8月15日 初めてリハビリの先生が入り、ベット上でのリハビリ

理学療法士作業療法士の2人についてもらいますが、理学だの作業だの何の説明もなく、インフォームドコンセントには程遠いものでした。


更に「人工呼吸器の離脱に関してのリハビリは無い」との事。自分達で考えてやるしか無いらしいです。





8月16日 導尿してる管を主治医の先生の指示で取りますが、尿に対して何も解決しておらずおむつに漏らしてる状態です。「出てるから良い」との事。まだ尿意はありません。





8月19日 リハビリに対する

考え方が病院とは違う事に気付きます。






半年ぶりのお散歩(ベットごと)8月27日 大イベント。携帯の人工呼吸器を使いベットに座ってバルコニーにお散歩です。

シーツで日差しをさえぎり、アイスを食べたりジュースを飲んだり王様気分?なワケありませんが、とても気持ちよかったです。



この時を最後にドイツに語学留学の為に旅立ちます。






リハビリの後、いくら回復しても首はねじる事が出来ないと知り、大泣きします。

自分が努力すれば100%治ると信じてたのに、いくら頑張っても治らない と大泣きです。





声帯を使わず発音出来る音ある事に気付きます。





8月31日 初めて人工呼吸器のプレッシャーサポート(補助圧力)を0にして呼吸の練習をします。


1分間の呼吸数が30〜33回の日もあれば15〜18回の日もあります。一回の呼吸量が250〜280tの日もあれば400〜450tの日もあります。

3歩進んで2歩下がる日は続きます。ちなみにこの頃の最大吸気量は790tです。





9月11日 この頃の呼吸回数一分間で21〜25回・吸気量は300〜350tでした。
参考呼吸回数
新生児60〜70回
1才40回
5才25回
学童20回
大人18回





9月14日 初めて足が大きく動きました。まだこの頃は痙性を知らない為ビックリします。











その他の出来事

8月16日 夜、病院の駐車場でやる花火を見に通路の向かいの部屋に行きます。

ベットごと移動して見に行かせてもらったもの、強制的に酸素を送る普通の簡易呼吸器だったので10分位で苦しくなってしまいます。





8月18日 人工呼吸器の説明をしてもらいます。広尾病院でもしてもらった事はなかったのでありがたかったです。今は取る前段階のモードとの事。





8月21日 事故以来初のシャワーです。気持ちよかったけど疲れました。
これから週に1・2回シャワーに行けるようにしてもらいます。





8月24日 母が氣功の100日の業を終え、氣功師の免許をもらいます。
俺が回復するまで俺専属の氣功師です。





8月25日 寝ている時も人工呼吸器のアラームが鳴らなくなります。食事の時のベットの上げ下げも早くなり、食事の後もそのままベットに長時間座っていられるようになります。

リハビリ時、腕が手で髪を触れるくらいの所まで上がります。


地味に力が付いてきているようです。






8月29日 厚生連 篠ノ井病院に転院して初めての人工呼吸器のカニューレの交換をしました。
やっぱり痛いです。





9月1日 気孔の先生が来てくれ、に治療の方法を教えていきます。





9月4日 リハビリの先生に呼吸の練習法について聞くと「初めての患者(今までだったら天国か地獄にいってるはず)なので、まだ観察中だ」と言われました。





9月6日 事故以来初の入浴です。とは言っても特殊浴槽での入浴。

気持ちよかったけど疲れました。これから週に1・2回お風呂に行けるようにしてもらいます。





9月7日 心霊治療の先生が、特別に病院まで来てパワーを入れてくれます。手や足を触って
「OK OK 手も足も動くよ」と言ってくれました。


パワーを入れてもらってから数日間調子が悪かったです。

?????  パワーを入れてもらうと良くなるんじゃないの?



なんて事はない、本当に良い物や事には好転反応がつきものです。






9月12日 初めて腹筋と背筋が痛いと言います。
腹筋と背筋には力が入らないはずなのに・・・・・









トップページへ
TOPページへ