2002年 4月30日


状態、状況

広尾病院ポストICUにいる。
頭蓋骨抜け、脳挫傷頚髄損傷右肩をすくめる事が出来る。わずかだが右肘を曲げる事が出来る。人工呼吸器を付けている為声が出ないが、口パクや50音表を使って意思の疎通は出来る。「痛い」だの「かゆい」だのやかましい。ベットは少ししか上げる事が出来ない。唾を飲み込む事が出来ないので、ティシューで取ってもらう。意識はあるが、今残ってる記憶がない。
気管切開した喉の所から人工呼吸器を付け、ハローベストを着て、おむつを当て、鼻から1日3食の経管栄養、尿道から導尿、その他諸々色んな管が付いている。褥瘡対策の為、1日何回も体位交換をする。2・3日に1度看護師さんに体を拭いてもらう。たまにドライシャンプーで頭を洗ってもらう。痰を自分で出す力がないので、機械で吸引してもらう。人工呼吸器のランプの付き方に一喜一憂する。
面会時間は11:00〜20:00。MMさんは毎日来てくれる。はクビになってもよい覚悟で五月の連休明けまで会社を休み、と母の横浜の実家に泊まり2人で1時間半かけて通ってきていた。友達も沢山来てくれる。は学校が始まり毎日は来れないが、よく来てくれる。が、毎日マッサージをしてくれる。呼吸の練習もする。

新しい事     今回が最後の事





重要な事

手術前にMRI(体の断面のレントゲン)やCT(頭の中身のレントゲン)の検査をして、細かい所まで分かった上での手術です。




手術名は、頭蓋骨頚椎観血的固定術です。



この手術は頭蓋骨首の骨スウェーデン製の

チタンの器具固定するというものです。




世界で2例目になり、

日本では始めてとの事。


よく分からないけど入院時の
資料に書いてあった手術に使った
特殊機器
オレルード(村中医療器)(タクト)
ダブルループ
ラミナーフック
ロッド/リンクコネクター
後頭骨スクリュー
シングルロッド・カーブ
オスフェリオン(G1-5)

生きているのが奇跡という位のケガだから、、、かな?





手術は5時間位で終わり、先生は凄くうれしそうにニコニコして「うまくいきましたよ」と手術室から出てきたそうです。





親たちが面会出来たのは16:30すぎで、しっかり寝ていて後頭部からは管が出ていてが出るようになっていたので驚きます。


アメリカでの事例の人は手術後に亡くなったそうで、俺が初生存者になりました。




主治医の先生は「手術の内容は、日本だけでなく世界にも文献として発表したいのでご了承を」と言っていました。が、その後どうなったかは分かりません。

チタン入り頭蓋骨のレントゲン 正面から チタン入り頭蓋骨のレントゲン 横から






5月1日の病室5月1日 後頭部から出た血は
120cc
たまっていました。

輸血も入れて5本の点滴で、顔も手も足も凄くむくんでいます。


主治医の先生が回診で「経過は順調です」と言います。



術後、静かに眠っています

←順調










この頃の表情は、

こんな顔や、 こんな顔や、 こんな顔(;_;)

自由に動かせるのは顔だけだった事もあり、色んな表情が見れます。











その他の出来事

細かい所 


脳挫傷はかなり良くなってきている事。


事故による損傷部位(当初 第1頚髄の損傷)が、第5〜6頚髄の損傷であるという事。


頭蓋骨と1番上の首の骨との間隔は5mmが普通なのに対して俺は、事故当時20mm離れていて、現在は17mm離れている状態であるという事。




ってことは、、、、、そのままチタンで固定されてるから

12mm身長が大きくなったー!






不思議な話 心霊治療の先生に手術の日時を教えておいて、手術の時にパワーを送ってくれるよう頼みます。


すると、手術室に持っていけなかった為MMさんに預けてあった「普段いつも俺が身につけていた先生から貰ったメダル」が手術の時間になると、とても熱くなりました。



MMさんは不思議に思い、うちの両親に報告しますが両親が確認しても確かに熱いのです。

先生は確かにパワーを送ってくれたのです。






5月2日 手術から2日後にもかかわらず、麻酔をやめます。
先生に麻酔をやめた理由を聞くと「早く食事を取らせたいから」との事。しかし痛みがひどいです。

でも、それだけ口から食べるって事は凄いんです。





5月6日 この時点でMMさんを泣かした事弟に「殺す」と怒った事忘れています





は連休明けに長野に戻り、仕事を再開します。これ以降毎月24日〜27日にが仕事の集金で長野に戻るので、その時交代でが東京に来る事になります。





5月9日 静岡から来てくれた友達と話している俺は笑顔全開



静岡の友達と看護士さんに「堀内君が笑ってるの初めて見た」と言われます。

も事故後こんなに笑っているのを見るのは初めてです。






歌を歌います。声が出ないので、舌打ちで「チッ チッチ」と楽しそうに歌います。





この時点Kさんに「10月には自分の口でありがとうって言えるようになるよ」とも言われます。









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