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時間がない方は年の所で十分だと思います。


2002年
2002年は、俺の記憶がだいたい8月頃までほとんどないので、が書いておいてくれたたノートと、家族や親戚や友達などの記憶で補って作っています。


2002年の 主な出来事


事故以前

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2002年終わる

フリーターで銀座の居酒屋でバイトをしていましたが1月末に転職して、バイク便とゆー「とても早い宅急便」みたいな仕事に就きます。
] day  恵比寿の古川橋にてバイクで右直事故を起こします。頭蓋骨が首から抜けるという死に直結するような事故です。
都立広尾病院に意識不明・心停止・呼吸停止・大量出血で搬送されます。死んでる気がします。
主治医の先生に「死ぬ」と言われ続けた3日間です。広尾病院ICU(集中治療室)に家族や中学高校専門の友達や親戚など沢山来てくます。これからは毎日来てくれ、友達もよく来てくれる日々は実家に帰る日まで続きます。
ICUにて強心剤を山ほど入れ、口から人工呼吸器を入れ、頭が動かないようにハローベストを着て、おむつを当て、尿道から導尿、その他諸々色んな管が付いていて、意識が無い状態です。
状態が安定したのでポストICUに移ります。状態は強心剤が無くなり、人工呼吸器気管切開した喉の所からに変わり、経管栄養が始まります。意識は戻ったものの、今残ってる記憶は無い上に脳挫傷で変な事を口パクで言ってる状態です。
(人工呼吸器が付いている為、声が出ません。広尾病院にいるころはほぼずっと脳挫傷です。)
手術日。頭蓋骨と首をチタンで固定する手術です。この手術が世界で2例目の手術。何故なら頭蓋骨が首から抜けると、普通は死あるのみだからです。ちなみに1例目の手術を受けた人は術後に亡くなったそうです。
ハローベストが取れます。
主治医の先生がためしにちょっと人工呼吸器をはずしてみると、わずかながら腹式呼吸がありました。
人工呼吸器が取れるかもしれないとの事。初めて希望が見えてきました。
広尾病院から地元の長野の厚生連 篠ノ井病院転院します。病棟は人工呼吸器が付いているのでHCU(準ICU)です。そして、本格的に人工呼吸器を取る為の練習に入ります。
導尿してる管を主治医の先生の指示で取りますが、尿に対して何も解決しておらずおむつに漏らしてる状態です。まだ尿意はありません。
初めて車椅子に乗りますが、その車椅子は背もたれが倒れて寝ながら乗ることが出きるリクライニング式の車椅子でした。
喋ることができる人工呼吸器に変わります。口や鼻から息をすることに一苦労します。
人工呼吸器が取れました。ただ、自分で痰を出せない為レティナと言う器具が気管切開した所に付き、喉の穴は開いたままです。
普通の車椅子に乗りましたが、目まいが酷く車椅子に乗ることすら困難な体だと知ります。
良い年とも悪い年とも言えない1年でしたが、HCUのベットの上で年を越します。





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